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コーヒーの伝播

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コーヒーの伝播

コーヒーの原産国はアフリカです。
そこで自生していた野生のコーヒーが、
人と出会い、世界中で栽培されるまでの軌跡を
世界地図とともに追ってみましょう。

【2つの発見伝説】

人類がコーヒーに出会った瞬間を描いた伝説がふたつあります。 ひとつは、「コーヒーの実を山羊が食べて興奮しているのを見つけた山羊飼いが自分も食べてみたら精気がみなぎってくるのを感じ、近くの修道僧たちにすすめたところ、彼らは長年悩んでいた儀式中の睡魔から救われた」というもの。

ヤギ飼いカルディの伝説


イスラム教徒
シーク・オマールの伝説

もうひとつは、「無実の罪で追放された回教徒が、小鳥がついばんでいる実を見つけ食べてみたところ、やはり活力が沸くのを感じ、やがてはその煮出し汁で病人を救った功績により罪を解かれた」というもの。

前説は「キリスト教」、後説は「イスラム教」をそれぞれ背景に持つと言われ、コーヒー2大発見伝説として知られています。あくまで伝説なので、その真偽は定かではありませが、これらの伝説が興味深いのは、コーヒーの飲用効果に触れられていることです。科学の発達した現代では常識とされているコーヒーの薬理効果を、当時の人々はすでに知っていたということですね。


【コーヒーの軌跡(アラビカ種)】

コーヒーはエチオピアで発見されて以来、食用・薬用などに用いられ、特にイスラム寺院では厳しい管理下に置かれ、持ち出しを固く禁じられた貴重品でした。そして長い年月をかけ、以下のように世界に伝播し、栽培地が 広がっていきました。

❶ コーヒー発祥の地、アビシニア(現在のエチオピア)で発見される。
❷ 6~9世紀頃、アラビアに伝播。はじめて栽培されたのはアラビアとされており、それにちなんでアラビアが「アラビカ種」という名前の起源になったとも言われている。
❸ 1658 年、コーヒー栽培に興味を持ったオランダ人によって、当時の植民地だったセイロン(現・スリランカ)でも栽培を試みられるようになる。
❹ 1695年、インド人の巡礼者ババ・ブーダンがコーヒーの持ち出しに成功、インドの山中で栽培がはじまる。
❺ 1699年、インドからインドネシアのジャワ島へコーヒーの挿し木が運ばれ、栽培に成功。
❻ 1706年、インドネシア・ジャワ島から、オランダのアムステルダム植物園へコーヒーの苗木の移植に成功。
❼ 1714年、オランダ・アムステルダム植物園のコーヒーの苗木が、当時のオランダ市長から、フランスのルイ14世に贈られる。
❽ 1722 年、フランス領ギアナで栽培を開始。
❾ 1723 年、仏海軍士官ガブリエル・ド・クリューによって、フランスからインド諸島のマルチニーク島(フランス領)へ運ばれる。運ばれる過程には、以下のような壮絶な物語があります。

COLUMN「苦難の末に持ち込まれた1本のコーヒーの木」

フランス領・西インド諸島のマルチニーク島に駐在していたフランス海軍のド・クリューは、フランスから駐在地に戻るにあたり、コーヒーの苗木を持ち込みたいと思い、苦労して数本の苗木をようやく手に入れました。しかし、大切な苗木を抱えて乗り込んだ船の行く手には、さまざまな困難が待ち受けていたのです。苗木を奪おうとする乗客、海賊の襲撃、ハリケーン・・・。そんな中でも、もっとも苦労したのは苗木に与える水が底をついたこと。彼は2ヶ月にも渡る航海の中で、1ヶ月以上も自分の飲み水を制限して苗木と分かちあい、困難を乗り切りました。そんな彼の献身的なコーヒーへの想いは、マルチニーク島に根を張ったコーヒーの木という形で実ったのです。
❿ 1727 年、ポルトガル海軍士官フランシスコ・パルヘッタによって、フランス領ギアナからブラジル(パラナ州)へ苗木を持ち出すことに成功。今や生産量世界一のコーヒー大国となったブラジルですが、このブラジルにコーヒーの苗木が持ち込まれるエピソードは、とある男女の恋物語として語られています。

COLUMN「恋物語とともにブラジルに渡ったコーヒー」

フランス領ギアナに派遣されていたパルヘッタは、軍事的な任務のほかにもうひとつ使命がありました。それは、ギアナからコーヒーの苗木を持ち出すこと。しかし、ギアナでも当然のごとくコーヒーの国外流出を防ぐための厳しい策が講じられていたので、なかなか思うように事を運べませんでした。そこで彼は恋を育みつつあったフランス総督夫人に自分の使命を打ち明けたのでした。 無常にも別れの時は訪れ、最後の夜、晩餐会の席で夫人は彼に大きな花束を手渡したのですが、その中には美しい花々に埋もれた数本の苗木が・・・。二人のロマンスは悲恋に終りましたが、夫人の彼への愛は苗木となって彼の母国ブラジルに渡っていったのでした。
⓫ 1728 年、当時のジャマイカ総督が、マルチニーク島からジャマイカ(当時はイギリス領)へ苗木を運び、ブルーマウンテン地区の所有地に植樹。今日のジャマイカのコーヒー栽培のはじまりとなる。
⓬ 18世紀後半コロンビアでコーヒー栽培が開始。
⓭ 1825年、ハワイで栽培が開始。

COLUMN「カメハメハ大王とコナコーヒーの深い関係」

カメハメハ大王、女王とロンドンを訪れていた当時のオアフ総督・ボギ酋長が、旅の途中に亡くなった王と女王の亡骸とともにハワイへ戻る際、ブラジルを経由してコーヒーの木を持ち帰りましたが、コーヒー産業は成功に至りませんでした。3年後、サミュエル牧師が、オアフ島のボギ農園の苗木をハワイ島に持ち帰り、観賞用に植えたものが根付き、現在のハワイコナコーヒーの基礎となりました。
⓮ 明治時代、日本の小笠原でコーヒー栽培が実験的に開始される。

COLUMN「日本におけるコーヒー栽培の挑戦」

コーヒー栽培に適した地域(赤道をはさんで南北25度の地域)をコーヒーベルトと呼びますが、残念ながら日本はこのベルト地帯には入っていません。しかし、実は明治時代に国産コーヒーを作ろうという試みが実行されていたのです。明治11年10月16日発行の新聞には、10名の農夫、頭取世話役1名、農具、それにコーヒーの苗木を積んで小笠原島へ向けて船を出す旨が記事になっています。現地に官舎を建ててまで取り組んだコーヒー移植は、さらに明治17年4月29日の新聞で、明治15年には12キロほどのコーヒーが収穫できたことが記載され、順調に生育していたことが伺えます。しかし、その後、移植した6種類のうち4種類が枯れ、1種は育っても結実せず、1種は風害に弱いことなどが判明しました。また採算と言う点においてはサトウキビにかなわないこともわかり、当時の小笠原島へのコーヒー移植は失敗に終ってしまいました。しかし、現在ではコーヒー栽培に取り組んでいる農家も少しずつ増えてきて、少量ながらもコーヒーの収穫に成功しています。

【カネフォラ種の発見】

カネフォラ種が人類と初めて出遭ったのは1898年、アフリカのコンゴでした。ロンドンの先物市場という国際舞台に上がったのが1952年。人類と長く歴史を共にしてきたアラビカ種と比べれば、まだ100年あまりの歩みでしかありません。


これだけの長い時間とさまざまな物語を経て、コーヒーは世界中に伝播しました。普段何気なく楽しんでいる、一杯のコーヒーに、これだけの歴史と情熱が詰まっていると思うと、もっとコーヒーが味わい深くなりませんか?